おやじ、他界す

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11月22日の22時頃に腹が痛いと言い出し、結石持ちだったこともあって翌朝8時頃に病院に。
初見は消化管のどこかに穴が開いていて(消化管穿孔)、恐らく大腸だとのこと。そしてこのままだと1?2時間しか持たないが、オペするにしても20歳頃から慢性気管支炎で長期間ステロイドを服用しているために全身麻酔に耐えられずに術中死する可能性が極めて高く、麻酔科からは反対されていると告げられました。どのみち可能性が低いなら、助かる可能性にかけてオペするしか無いわけで、オペ中血圧が40台に下がったりしたらしいものの、どうにか成功して帰ってきました。
オペ後の説明では、やはり大腸に穴が開いていた(大腸穿孔)そうで、比較的状態も良かったのでうまくつなぎ直すことができ、人工透析をして穴から漏れて体に回った細菌を抜いていって様子を見るとのことでした。
そして翌24日には意識が戻って少し喋れる状態になり、看護師に「2日もメシ食ってない」とか言ったらしい。25日の夜に見舞いに行った時は、「大丈夫やからはよ帰りや」とか言うもんだから母と二人で引き上げてきたんですが、長期間服用を続けてきたステロイドの影響なのか切って繋げた部分がうまく繋がらずに漏れ、状況が悪化して27日の朝に人工呼吸器が付けられて28日に再度緊急オペ。それもどうにか乗り切って戻ってきたものの、傷が繋がらないというのはどうしようもなく状況は悪化し続け、肺炎を併発したり腎機能が低下したり、どうにもならない状態に。ここまでくると鎮静剤を増やして痛みを感じない状態にするしかなく、12月18日午前0時4分にあえなく他界。66歳でした。

思い起こせば私が会社に入った96年の4月に脳溢血で倒れた時に死んでいてもおかしくなかったわけで、本人にしてみれば12年もプラスαの時間が与えられたし、孫も3人できたし比較的良い人生だったんじゃないかと勝手に納得することに。
最後の言葉が「はよ帰りや」なんてさえない感じでしたが、裏を返せば家に帰る気満々だったんだろうと言うことと、本人が「葬儀は親族だけでやって欲しい」と言っていたことを受けて家に連れて帰って、身内だけでひっそりと見送りました。

そんなことがあってblogの更新が途絶えていましたが、言い訳を兼ねてメモ代わりに投稿。
またぼちぼち駄文を書いていきたいと思います。

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このページは、masashiが2008年12月23日 22:45に書いたブログ記事です。

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